意味変化における認知バイアス ――フランス語の認知動詞と可能標識の関係におけるメトニミー的推論について

　現代フランス語の認知動詞 (e.g. comprendre, trouver) は知覚動詞 (e.g. voir, entendre) と同様に、可能標識が共起しなくとも「可能」の意を表出できる (e.g. Je ne comprends pas)。従来の研究 (cf. Vendler 1957, Croft 2012) は認知動詞と知覚動詞を同等に扱ってきた。しかし実際には認知動詞は「対象の知覚」をプロファイルするだけでなく、外部刺激である知覚対象を「識別化」および「内面化」する行為を含意するという点で、知覚動詞と異なる特徴をもつ (cf. Yoshitake 2023 : 30, 吉武 2024 : 95)。これらの行為は部分的に意志的であり、一般に「労力」を伴うため、認知動詞は本質的に可能標識と共起しやすい。
　本研究では「含む」・「捕える」を意味していた動詞 comprendre と、「発明する」を意味していた動詞 trouver が、それぞれ「理解する」・「見つける」という認知的意味へと変化する過程において、可能標識が頻繁に共起したことを通時的分析によって実証する。分析にはフランス語書き言葉コーパス FRANTEXT を用いる。
　結果として原義の比喩的拡張により、動詞 comprendre では17世紀から「理解する」、動詞 trouver では古フランス語期から「見つける」という認知的意味の頻度が高くなる。古フランス語期を含むこれら新用法の黎明期においては可能標識の高頻度の共起が観察されるが、用法が確立するにつれて共起率は低下する。
　動詞 comprendre と trouver がそれぞれ表す「理解」・「発見」という行為は「労力」を伴うため、可能標識が示唆する「事行実現に向けた行為」と一致する。これらの行為はメトニミー的関係にあり、メトニミー的推論という認知バイアス (cf. Hashimoto et al. 2012) を通じて、物理的意味から認知的意味への一方向的な意味変化が維持されたと考えられる。